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学校法人会計のこれから
平成21年1月31日
公認会計士 山 口 善 久
まえがき
最近の非営利会計分野では、その会計の企業会計化がよく話題にあがり、企業会計化しない非営利会計は時代遅れのような印象を与える論調が少なくない。
このような風潮を受けて、学校法人会計のこれからはどのような方向に進むべきかを検討し、その概略をまとめてみたい。
1 行動目的と会計
先ず検討しなければならないのは、経営体の行動目的とその会計との関連であり、ここでそのとりかかりの検討対象となるのは、会計の主体である企業の行動目的と学校法人の行動目的の異同である。
企業の行動目的は、最少費用による最大利益の獲得であるとよくいわれる。平成20年に世界的に金融危機がおき、それにより企業の活動があまりにも利益獲得に偏りすぎたとの批判はあるが、それは偏りすぎた利益の獲得であって利益獲得そのものの否定ではない。今後企業の行動目的である利益獲得活動の見直しの議論は起きるであろうが、企業の行動目的を利益の獲得におくことは間違いではないだろう。
よって、その会計は獲得利益の期間把握を至上命令とする。企業に投資する株主への利益配分が期間を単位としてなされるので、利益は期間利益でなければならず、この把握が至上命令とされるのである。
一方、学校法人の行動目的を一言で言いあらわそうとすると大変難しいが、多分「よい教育の永続的提供である」といって問題はないだろう。とすると、企業の行動目的も「よい商品やよいサービスの永続的提供である」といい、前述の「最少費用による最大利益の獲得」に置き換える論が起きるかもしれない。確かにこの行動目的は最近はやりのCSRではあるかもしれないが、資本主義社会における活動を前提とした現下の株式会社企業を考えるならば、企業の行動目的そのものではないといわなくてはならない。
さて、学校法人の行動目的が「よい教育の永続的提供である」とされるならば、その会計認識においてそれを企業会計的に「利益」で捉えることができるのであろうか。
2 よい教育の永続的提供と会計
よい教育とは何か。由来「国家百年の大計は教育にあり」といわれるが、その教育をどのように位置づけどのように評価するのか。これに対して様々な試みがなされてはいるがなかなかその答は見いだせない。とすると、その教育を施している学校教育の評価、ひいては当該学校の評価もまた難しいものといえる。教育に対する様々な考え方があり、そして事実様々な教育が行われている。ここに建学の精神を掲げた私学教育の存在があり、社会は教育の非画一性を認知しているのである。私立学校法は、その第1条で「この法律は、私立学校の特性にかんがみ、その自主性を重んじ、公共性を高めることによつて、私立学校の健全な発達を図ることを目的とする。」と掲げている所以である。
このような教育の特性が、教育現場ごとの個性化、そして、特に私学における教育の個性化に繋がるのである。そして、この教育の個性化が、教育サービス提供の有り様に多様性を与え、この教育の多様性により、学校経営において教育に費やされるコストの構成や総枠に差異を生じさせ、ここに学校経営における経済性を損なう要因(教育の良質化へのさらなる指向)を招来させるのである。
しかして、個々の学校における当該学校の教育は、社会における当該学校の総体的情報によって、短期的には教育サービスを受けている者が自らの責任において自らが評価し、長期的には社会が過去形で評価するものであり、会計にはその任を負う能力はないのである。
しかし、この学校経営における経済性を損なう要因の招来は招来として、学校経営はその経営において損なわれる経済性(非経済性)を等閑視していいわけではない。学校経営は、学校設立にあたって社会に対して、教育サービス提供の永続性を公約していることを忘れてはならない。
よって、学校経営は、経営の非経済性(教育の良質化へのさらなる指向)と教育サービス提供の永続性の両者のバランスをとることが必要となる。
では、会計はこれらにどのように寄与できるのか。
現状の学校法人会計は、経営の実情を、資金収支計算書と消費収支計算書・貸借対照表で明らかにする。また、企業会計の経営実情報告書は、損益計算書・貸借対照表とキャッシュ・フロー計算書である。ともに三表が経営の実情を明らかにする報告書である。
3 利益
企業活動における評価の基準は、獲得利益額であり、獲得利益率である。しかし、学校活動の目的が「期間利益の最大化になく、よい教育の永続的提供にある」以上、学校活動における評価の基準を、その獲得利益額や獲得利益率に求めることができないのである。
獲得利益額が大きいからといって、獲得利益率が高いからといって、よい教育の提供が保証されるわけではないからである。
とすると、学校法人会計に消費収支計算書(損益計算書)は無用のものと結論すべきであろうか。学校教育の行動目的は,何度も指摘しているようによい教育の永続的提供である。会計はよい教育とは何かを示すことはできないが、その永続性についてはその指針を示すことができるのではないだろうか。
利益は、経営の永続性を支える根源であり、損失は、経営の永続性を脅かすものである。とすれば、学校経営の永続性判断の一つの指標として利益を据える有用性は認めてもよいようである。ただし、その指標の見方に企業会計とは異なる視点をおくべきことを指摘しなければならない。
昭和46年から適用された学校法人会計基準の制定に先立ち報告された日本会計研究学会「学校法人会計の基本問題・中間報告」3−3には、消費収支計算は、企業維持の要請にこたえる損益計算の計算構造を援用したとあり、その意味においてここでの論と同一の論調をとっている。
経営の永続性は、よい教育の提供と利益がでる経営と相俟って判断されるべきものなのであり、単純に獲得利益額の大きさやその獲得率をこの判断に導入すべきでないということである。よって、消費収支計算書は、経営の継続性を推し量るために利益の存在を確認する手段として理解すべきものであり、そこにこれ以上の役割を求めてはならないのである。
したがって、計算書類の読み手が、利益額や獲得利益率をもって各学校を横並びにしての学校活動(よい教育の永続的提供)についての評価は全くをもってその有用性をもたず、また、そのような利用法は差し控えなければならないのである。
※日本会計研究学会「学校法人会計の基本問題・中間報告」は、消費収支計算について次のように論じている。
3-3 消費収支計算
ここに消費収支計算とは,資産もしくは用役の消費額(もとよりいわゆる資本的支出は含まないが,減価償却費を含む),すなわち消費支出と,その填補に充当できる収入,すなわち消費収入とを対比し,両者の均衡の有無を明らかにするための計算をいう。この計算における消費収入および消費支出と,従来の収入および支出とのおもな相違は,およそ次のようにあらわすことができる。
収入一借入金収入一基本金組入額=消費収入
支出一借入金返済額一資本的支出+減価償却費=消費支出
消費収支計算における「消費収入」および「消費支出」は,直ちに連想されるように,企業会計の損益計算における「収益」および「費用」に類似する。たしかに消費収支計算は,その発想において損益計算の計算原理を援用するものであるが,もとより営利を目的とすることを許されない学校法人会計において,利潤の計算を目的とする損益計算は本質的に成り立たない。周知のとおり企業会計における損益計算は,収益および費用の額を対比して利潤の稼得額を計算表示するものであるが,その根底に横たわるものは,なによりも企業維持ないしは企業資本維持の根源的要請である。そして企業維持の要請は,ひとり営利原則に支配される企業に固有のものでなく,あらゆる事業体にとって通有のものといわなければならない。企業の場合その維持は,費用が収益をこえない,すなわち欠損が生じないという会計的表現の成就を条件とする。
それが資産の消費もしくは利用を不可欠の手段として運営されるかぎり,学校法人といえども,各年度における資産の消費額を各年度において填補しておかなければ,長期にわたる法人の維持が物的に困難になる。すなわち,学校法人における各年度の消費額(消費支出)と,その填補に充当しうる収入(消費収入)とが,持続的に均衡しなければ,事業体としての法人の生命を維持できない。
このように,学校法人会計に援用しようとするのは,企業維持の要請にこたえる損益計算の計算構造であり,したがって,消費収支計算は,損益計算における利潤のような差額の多寡の測定に主眼があるのではなく,あくまでも,消費額とこれに充当しうる収入額との均衡の有無を測定することに目的がある。そして,かかる意味での消費収支の均衡は,まずもって予算の編成において実現されていなければならないのであって,この場合における実績計算における消費収支の差額は予算差異を意味することとなり,損益計算における「利益」または「欠損」のごとき積極的な意義を付与すべき関係にないといえよう。
なお、付言しておくが、このことは、個別の学校経営者が、その利益の大きさやその獲得率を経営の指針として利用すべきでないといっているわけではない。学校活動評価の手段としての学校法人会計基準が、利益の大きさやその獲得率を各学校を相対的に評価する経営指標として位置づけることを否定しているに過ぎないのである。
以上のような観点でその消費収支計算書を学校活動の評価に利用するにしても、現在の学校法人会計基準における消費収支計算書には一大欠陥がある。経営の永続性をみるために利益の存在を探りながら、ここで表示される消費収支差額(利益額)がマイナスであっても、この差額は意味のない数字だから消費収支計算書の読み方に何らの影響を与えないといっていることである。利益の存在を期待される消費収支計算書が作成される限り、その計算書の読み手は、その利益額を数値的に「0」より大きい状態で認識するのが、会計専門家でなくとも通常の理解であろう。よって、消費収支計算書における消費収支差額が「マイナス」であっても会計上何らの問題は存在しませんなどとの理屈は、学校法人会計が用意する消費収支計算は何のための消費収支計算かということになり、消費収支計算書の存在を自ら否定していることになる。大きな検討点である。
4 費用と資産
複式簿記を持ち出すこともなく、資金の支払いは、ある条件においては費用となり消費収支計算書に計上され、ある条件においては資産となり貸借対照表に計上される。したがって、費用として処理されるべきものが資産として計上されれば利益は真実の利益より大きくなり、資産として処理されるべきものが費用として計上されれば利益は真実の利益より小さくなる。そして、この費用と資産の区分けの基準は、明瞭であるようでもあり、また、曖昧でもあることによって、この区分けに解決しにくい難題を与え、そこにこの区分けの操作性を生じさせ、その操作性はこれまでも企業会計においてしばしば問題にされてきたところである。このことが、企業の場合、キャッシュ・フロー計算書の報告書としての導入に繋がるのである。
では、費用とは何か。資産とは何か。
最近の企業会計では、時価会計だとか、減損会計だとか、会計に関する種々の考え方が話題にあがるが、会計の基本の考え方は、取得原価主義であり、それに基づく収益費用対応である。
期間収益を正しく捉え、それに対応する費用を如何に正しく捉えるかが、利益計算を主体とする会計の課題である。したがって、期間計算を基本とする現代の会計は、報告期間内に支出されその報告期間内のみで費消されてしまう支出を費用とするとともに、その報告期間内のみで費消されず次期以降の会計期間においても収益獲得に貢献されると見込まれる支出については資産とし貸借対照表に計上し損益計算書への計上から除くのである。また、その額については当該支出額を基礎として見積もり計算される。
5 貸借対照表と資産
会計における経営の永続性は、通常、安全性分析と呼ばれる貸借対照表分析によっても判定される。
貸借対照表に計上される資産と負債、そして、その差額としての資本、この3者の大きさと3者相互の割合とで、経営の安全性は判断されるのである。一般的に、資産の額やその割合が大きければ安全性が高いと判断され、そういった意味では、ある支出が費用として処理されず資産として処理されれば会計の上では安全性が高まることになるが,その資産適格性が薄い支出が資産として計上されるならば、その判断される安全性は信頼度が薄れることになる。
とすれば、学校教育の永続性が強く要請される学校経営を対象とする学校法人会計は、貸借対照表に計上する資産を厳格化することが望ましく、財産性が薄い支出は極力費用として処理すべきである。すなわち、学校法人会計は、換金性があるものを資産とする<財産=資産>と認識できる、どちらかというと動態論でなく静態論を土台としての資産認識が望まれるのであり、また、これは、上記3で述べたような学校法人会計における利益に対する認識からしても受容されるものである。
6 世界標準
企業会計においては、我が国において定められている会計方式を変更するに際して、よく世界標準に一致させるということがいわれる。企業の経営ではその資本が世界的規模で注ぎ込まれるが故に、日本企業が世界で資本調達するにはその会計はグローバルでなければならないとされるのであるが、学校の活動には、資本の概念など全くなく、故に、資本の世界的移動など何処を探してもみることはできない。よって、学校法人会計における会計の検討に、巷間いわれているような世界標準などという認識など一切持ち込むべきではない。残念ながら、会計の定めはその理論の正当性や妥当性を検討するにはするが、その結論は約束事で成り立つ世界である。したがって、企業会計においては世界標準は世界の中で生きていくためにはやむを得ない妥協であるかもしれないが、学校法人会計においては、世界的規模で約束するものは何もなく、独自の立場でその妥当性を検討すべきである。
7 時価会計
時価会計というとその対象としての代表は金融資産であり、その中の有価証券である。
時価会計によると、有価証券は一部を除き時価でその額を認識する。そして、貸借対照表日における時価で捉えた額が有価証券の資産価値であるとし、したがって、従来からの資産計上額が、評価時価より低ければ評価益を計上し、評価時価より高ければ評価損を計上するのである。
学校教育活動は安全性重視で行われるべきであるという考えで学校法人会計を捉えるならば、保有有価証券をその時価で評価し評価益を計上する処理が、どれほど有効かは疑問である。評価益は換金されてはじめて学校教育に使用可能となるのであり、その途上においてその益を認識しても前述したような利益概念を想定する会計には何らの貢献はないのである。
※評価益と換金性
企業会計における受取債権である受取手形や売掛金は、貸借対照表に計上されるに当たりその回収可能性を見積もり、その回収不能見積額を貸倒引当金として計上控除する。企業会計は、自らの主たる事業である売上回収についても、その現金化にこれだけ慎重であるのに、有価証券には微塵もその計上額での換金化に疑いをもっていない。時価評価による評価益を計上しながら換金可能性の控除計上がないのだから、このように理解してもよいのだろう。まさに、平成20年の金融危機でこれがもろに露出してしまったことは何者も否定できないであろう。企業会計の利益偏重主義(?)の現れであって、資産とは何か、利益とは何かについての疑念を抱かしたところである。
では、有価証券の貸借対照表計上額が時価より低下している場合はどうであろう。安全性を会計の根底におくのであれば、評価損を計上すべきであるということになる。しかし、有価証券の時価は極端にいうと刻々と変化する。そして、この評価損は評価益と同様に換金前であり、回復の可能性も包含している。故に、この変化を敏感にその有価証券に影響さす程の重要性を学校法人会計における利益(消費収支差額)はもっていず、この刻々乃至日々変化している確定できない評価損を敢えて計上する必然性は認められない。
なお、付言するならば、学校法人会計基準は、この答に変わる答を第27条(有価証券の評価換え)に用意している。基準第27条は、回復能わざる評価損(有価証券の減損)は計上すべきことを要求しており、これをもって、評価損の計上は十分と考える。これ以上の開示の求めは、計算書類三表の注記としてその情報を計算書類の読み手に与えればよいものと考える。
8 減損会計
時価会計は、資産認識を時価額に求めるので、評価益・評価損の双方の計上がなされるが、減損会計は、評価損のみが計上対象となる。そして、それは通常、固定資産の評価損計上であり、よって、固定資産の減損といわれることが多い。
企業は、利益を獲得するために固定資産に資金を投下し、その投下した資金すなわち固定資産の使用により新しい収益を獲得することによって、投下した資金を回収していく。したがって、企業会計の利益計算は、別の表現をとるならば、投下資金の回収計算であるということになる。
しかし、投下資金の回収途上において投下した資金すなわち固定資産で獲得する収益額が当初予想額より低下することによって、投下した資金を回収できなくなることがある。この回収できなくなると見込まれる額を、評価損として計上するのが、固定資産の減損といわれるものである。
企業会計における損益計算書が投下資金の回収計算であるとする昔からの会計思考からしても、この考え方は尤もであり、回収不能額の切り捨てであるから、有価証券の回復能わざる額の切り捨てと同じである。
では、この考え方がそのまま学校法人会計に当て嵌まるのであろうか。
結論からいうと、この答の算出は甚だ難しいといわざるを得ない。
前に学校教育の非経済性について触れた。実は、学校教育の投下資金の回収可能性は学校教育開始前から疑問符が付せられているのである。それが、如実に示されているのが学校設立時における施設・設備保持の条件である。
学校設立にあたって、行政は、教育サービスの提供にあてられる施設設備等の自己資金での保有を求めている(現実には、100%自己資金での保有のうちその一部については負債財源での保有を認めているが)。まさに、学校設立後の経営によって経営永続化の充足補完を望むのは難しいとの立場をとっているといえ、それ故に、学校設立時に施設・設備を万全の状態で用意させるのである。そして、施設や設備を用意してもこの施設・設備には資本主がいないのであるから、そこには、回収可能、回収不能を思考する余地などなく、学校法人会計には投下資金の回収計算などあり得ないことになる。しかしながら、学校経営の永続性を探る意図で、企業会計の損益計算を消費収支計算という形で援用したことから、消費収支計算書と貸借対照表が学校法人会計に誕生した。したがって、学校法人会計でも、資金の支払いを費用若しくは資産として区分して認識しなければならないことになる。しかし、ここでの損益計算(消費収支計算)では、利益の存在のみを認識し、利益は経営の順調な運営の測定指標として認識するという意図しかないのであるから、この計算には利益額の測定としての厳密性が求められていないともいえる。したがって、貸借対照表に計上されている固定資産には、当初資金を投下した折りに想定した通常な状態での投下資金の回収計算で足りることになり、固定資産の減損のような厳密な投下資金の回収計算を求める必要性は薄いのである。いうなれば、減損会計のような理論は必要なく、よって、ここに計上されている資産は、資産であって資産でないともいえるのである。
※投下資金と回収計算
資金が投下され、資産として計上された額は、いずれ到来する施設設備の取替更新に向けての資産維持の努力により、その回収が行われ、その回収額が再取得資金としての確保となる。この確保の度合いがどれほどであるかは、資産取得時の財政状態やそれ以降の財政状況とその施設設備のその活動における取替更新の必要性等に依存する。そして、学校法人会計は、これをいわゆる減価償却計算という手法で行っているのである。したがって、この計算は、減価償却計算の援用であり、減価償却計算そのものではないことに注意しなければならない。
9 資産と負債
学校法人会計における資産は、資産であって資産でないと述べた。その意味するところはその箇所で述べたが、それに加えて今一つの意味がある。
学校法人会計の資産には換金性がない若しくは薄いのである。勿論このことは投資資産を除いた資産について述べているものであるが、学校法人会計における資産の特徴である。
保有施設や設備を学校が手放したら、その存在は学校ではない。企業のようにその一部を手放しながらその存在を維持することは全くないとはいわないが疑問を投げかけるところである。したがって、資産を主体として判断する貸借対照表における安全性分析の信頼性は甚だ怪しいものといわなければならないのである。
学校設立には施設設備の保有が求められる。基本的には、学校法人会計の資産はこれらの施設設備であり、貸借対照表への認識・計上は、学校教育活動が可能となる物的施設を確保しているという証である。そういった意味からすると、ここでの貸借対照表は、それらを集めた一覧であり、会計における貸借対照表ではなく財産一覧表すなわち財産目録である。そして、ここに保持されている資産は負債の返済には向けられないのである。まさに、ここに表示される資産は、会計上の資産ではないということになる。
このように資産を考察すると、実は貸借対照表における安全性の探索は負債にあり、学校教育の永続性はこの負債の返済可能性と日々の活動収支の有り様に依存することになり、この保証が資金収支計算書であり、よって、この資金収支計算書が学校経営活動にかかる報告の主柱となるべきなのである。
10 資金とキャッシュ
学校法人会計における資金収支計算書は、資金のフローを明らかにする報告書である。学校法人会計基準によると、資金には2種あり、その1は、支払資金(現金及びいつでも引き出すことができる預貯金)をいい、その2は、この支払資金に前受金、未収入金、前払金、未払金を加えたものである。
企業会計におけるキャッシュ・フロー計算書は、キャッシュのフローを明らかにする報告書である。キャッシュ・フロー計算書作成基準によると、キャッシュとは、現金及び現金同等物をいい、その内容を、手許現金及び要求払預金(当座預金・普通預金・通知預金など)、そして、容易に換金可能であり、かつ、価値の変動について僅少なリスクしか負わない短期投資としている。
このように資金やキャッシュの範囲をみると、学校法人会計基準におけるその2の資金を構成する未収入金、未払金、前受金、前払金を除いては、両者はほぼ同一のものということができ、両者の報告目的には同一性があるものといえる。
しかしながら、識者によっては、資金収支計算書とキャッシュ・フロー計算書を別のものとみて、その見解を述べるものがいる。その根拠がいずれにあるか判然としないが、前述したような資金の範囲の相違とともに、キャッシュ・フロー計算書は、キャッシュ(資金)のフローを報告するに当たり、キャッシュの生ずる源泉を三つに区分し、それぞれのキャッシュのフローを明らかにしているの対し、資金収支計算書は、それらの区分がなされていないからとも推し量られる。しかし、これをもって学校法人会計においてキャッシュのフローが報告されていないとの見解にも疑問があるし、恰も学校法人会計が企業会計より後進的だとの論も受け入れがたい。資金収支計算書は、単にキャッシュの源泉源泉を区分していないだけであり、決してキャッシュのフローを明らかにしていないわけではなく、また、学校法人会計基準が前述の三表をもって新しい報告書の体系を定めた当時の企業会計は、損益計算書と貸借対照表、二表の会計報告であり、キャッシュのフローを明らかにする報告書をもっていなかったことを想起して貰いたい。
なお、学校法人会計においてキャッシュ・フロー計算書という語の度重なる使用には資金収支計算書をキャッシュ・フロー計算書と名称を変えようかとの意図ありとも憶測される。しかし、キャッシュ・フロー計算書のキャッシュも日本語的には資金である。
ちなみに企業会計における財務諸表の英和比較を示してみると次のようになる。
Balance Sheet 貸借対照表
Income Statement 損益計算書
Profit and Loss Statement 損益計算書
Statement of Income 損益計算書
Statement of Cash Flows キャッシュ・フロー計算書
ここにみるように、貸借対照表や損益計算書の英和対照からして、Statement of Cash Flowsを資金収支計算書と邦訳しても全く異質性がなく、返って、貸借対照表や損益計算書の邦訳からして、企業会計において何故にStatement of Cash Flowsをキャッシュ・フロー計算書と邦訳したのかが不思議なほどである。
何はともあれ、学校法人会計における資金の報告書は学校法人会計基準制定以来40年もの歴史が存するのであり、いたずらにその名を企業会計に併せる必要性はない。
といって、現下の資金収支計算書は完璧であり、何らの修正事項がないなどと主張するつもりは毛頭ない。
資金の範囲も資金源泉・活用の区分表示も当然検討の俎上にあげるべきであろう。そして、これらの検討・修正後も、その完成物を資金収支計算書と呼称すればよいのである。
11 学校教育活動と資金収支計算
消費活動を主体とする非営利組織体の活動の基本は、当該年度の支出は当該年度の収入で賄うことにある。そして、これは、支出以後の年度にも使用されることが予想されるいわゆる施設や設備といわれるものへの支出についても同様である。
会計的には、支出年度以後の年度もその活動に使用される施設や設備は資産であるから、これらが負債をもって賄われても、損益計算に影響されず、資産=負債ということで、翌会計年度以降に徐々に回収計算に投入されてくる見積もり消耗部分をその年度の収入でカバーすればその経営には何ら問題なしとする。
しかし、学校教育活動のような事業を営む公共性や公益性のある組織体は、利益を生むことを活動目的としないとともに、その組織の永続性をその主題とするため、負債をもっての活動を嫌うのである。いうなれば、国の活動における赤字国債はもちろんのこと、建設国債の制限もそのためにあり、この思考は、国のみにあらず地方公共団体や広く公共性や公益性をもつ消費経済体である非営利組織体にも当て嵌まるものである。
最近では損益計算書と貸借対照表をもって、国や地方公共団体の活動でも資産さえあれば負債があってもよいという上述したような会計理解もみられるようであるが、これは誤りであり、会計は誤情報を発信していることになる。
ともあれ、公共性や公益性をもつ消費活動を主体とする非営利組織体である学校教育組織(学校法人)は、施設設備に対する支出であっても当該年度の収入でカバーすることをその活動において期待されるのである。
しかし、確かに学校は、このように当該年度の収入と支出がバランスのとれた状況での活動が望まれ、また、それが理想であるが、どのような活動においてもその支出が収入内で収まる保証はない。特に、その支出の対象物である施設が将来年度にも長く使用され、かつ、高額である場合においてはそういった状態が起こりうる。ここに、財源の借用が図られるのであるが、これは、消費活動を主体とする非営利組織体の行動原則からして望ましいものではない。故にその慎重さが望まれ、また、法制化されることは理解されるところである。
※私立学校法 第四十二条
次に掲げる事項については、理事長において、あらかじめ、評議員会の意見を聞かなければならない。
一 予算、借入金(当該会計年度内の収入をもつて償還する一時の借入金を除く。)及び重要な資産の処分に関する事項
二 〜 七 …… 筆者略 ……
※財政法 第四条
1 国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。
2 前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。
3 第一項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。
収入と支出とのバランス。正に、学校活動の要とされるこの財政思考は、学校法人会計における資金収支計算の重要さを物語ることとなり、資金収支計算書を学校法人会計の主柱として位置づけるのである。
そして、消費収支計算書は、収支差額がプラスになっているか否かで、学校法人の活動が方向性として良なる状況にあるのかすなわち経営が順調に推移しているか否かを明らかにし、貸借対照表は、その消費収支計算書をサポートするとともに、通常その保持が求められる教育施設の保有状態と今後の収支計算に大きな影響を与える借入金等の外部負債状態等を明らかにするのである。
このような関係で、学校法人会計においては、上記三表を用意することになるのであるが、実は、これら三表が示す学校法人の状況と状態を補う資料が、学校法人会計には必要とされるのである。それは何か。といっても取り立てて目新しい報告書を求めているわけではない。
12 資金収支予算書
学校財政活動の基本は、年度支出の年度収入でのカバーであると述べた。年度の消費支出を年度の消費収入で賄い、年度の資本支出を年度・過年度の資本収入及び年度・過年度の消費収入とで賄う。しかし、このように支出と収入が対応できない場合には、資本支出に対する不足収入分を借入金(国の場合には建設国債)で一時的に穴埋めする。また、消費支出に対する不足収入分も借入金(国の場合には赤字国債)で一時的に穴埋めせざるを得ない。しかし、教育活動を行うことを目的とする学校法人は、その活動における収入不足分のこれら外部負債での穴埋めは、現実論は別として、前述してきたような公共性や公益性をもつ消費活動を主体とする非営利組織の経済活動の基本的な行動思考としては極力避けなければならないこととなる。
しかしながら、やむを得ざる事情が発生し金銭の借入れが実行されれば、貸借対照表(本来は財産目録)に負債として計上され、その計上借入金はそれ以降の返済支出として返済年度の収入にその負担を求めることになる。したがって、貸借対照表(本来は財産目録)に借入金が計上されている場合においてそれ以降の年度支出の年度収入でのカバー状況をみるには、この年度支出に借入金の返済支出を含めなければならず、この状況を明らかにするには、その会計報告に将来計算すなわち予算の概念を導入しなければならないこととなる。この報告書が、資金収支予算書である。非営利会計である学校法人会計に予算書の重要性が叫ばれる所以である。
そして、この予算書の作成においてより望まれるのは、作成予算書は単年度予算ではなく、借入金完済までの複数年度予算であり、少なくとも中期計画年度までの複数年度予算である。将来にわたって年度・年度の収支予算をみれば、組織が現在抱えている借入金をどのように返済していけるかが明らかになり、学校教育活動の永続性を予測できることになる。
問題は、将来の収入と将来の支出の予測がどれほどの確実性をもって把握できるかにあるが、保有借入金の返済支出を除いてはその確実性を保証することは多分困難であろう。しかし、今ここにおいて予算書でみたいのは、現在抱えている借入金が果たして返済可能であるか否かを概観したいのであるから、借入金支出を除いた支出、そして、そのカバー収入は、その組織体の現下の財政状況や財政状態及び将来の非経常的計画とここ過去数カ年の収入・支出で予測できるもので足り、かつ、一年一年、その予算書を補正していけば、その予算書は任に足る報告書となるものと考える。
とすると、公認会計士や監査法人は、そのような予算書では監査対象とできないと主張するであろう。が、その心配は無用である。何故なら、現会計制度化においても同様なことは起きているからである。資金収支内訳表も消費収支内訳表も公認会計士や監査法人の監査対象からは除かれている。したがって、予算書も公認会計士や監査法人の監査対象から除けば、この問題はいとも簡単に解決するであろう。
13 効率性
収益と費用を把握し、その両者による利益計算は、企業における獲得利益額の算定や組織の経営継続性の判断に寄与するのみではなく、経営の効率性の把握にもその役割を果たすともいわれるところである。しかしながら、本当に経営の効率性をこの利益計算で判断することができるのであろうか。ましてや、利益の概念が上記に述べたように企業と異なっている学校経営においては、経営全体の利益計算でもってその効率性を図ることは困難である。といって、学校経営においてその効率性を放棄することは、自らの経営方向性の適否の確認のみならず、その社会性からいっても認めることはできない。
しかし、ここで放棄されたのは、期間収益(消費収入)と期間費用(消費支出)の把握から検証する効率性である。前述したように学校教育は、最少費用による最大利益を目指す組織体ではなく、これからしても、学校経営における効率性測定は別の手段に委ねるべきである。
例えば、企業会計には財務報告目的以外の会計分野に原価計算があり、この原価計算制度の中に標準原価計算という原価算定方法がある。標準原価計算とは、初めにその製品を一つ作るのにいくらかかるを見積もっておき、その見積もった単価で製品の原価を計算する方法であるが、要は仕事の手順の一つ一つを評価しながらそのコストを積み上げ計算したものに過ぎない。学校経営における事業の効率性の測定にも、このように事業やその事業の仕事の手順を一つ一つ分析評価しながらコストを積み上げ、それの実行性をチェックしていく手法を検討すべきであり、経営全体をもっての評価若しくは収益・費用対応による評価ではその測定はきわめて困難であることは指摘しておきたい。
むすび
以上、学校法人会計のこれからを展望してきた。ここで述べたものはこれからの学校法人会計の入り口論であり、その中味の検討は未済みであるし、その入り口論もまだまだ未整理であるかもしれない。そういった意味でも私はここでの意見を固執するつもりは毛頭ない。様々の意見があることは当然のことと予想しているし、それらの意見にも耳を傾けるべきものには積極的に耳を傾け、ここでの意見を変更すべきものは喜んで変更したい。多くの方々が、単にその会計の企業会計追随思想から学校法人会計を定めることなく、学校法人会計の根本を捉えて、その会計の今後を展望されることを切に望むものである。
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