法人の活動と会計
H14.4.1
公認会計士 山 口 善 久
1 はしがき
国際会計基準を中心として企業の会計では、益々時価による会計が大きな流れになっている。また、学校法人の経営が悪化していることを背景として、現今の学校法人会計基準(以下「基準」という)に対しても疑問が寄せられているようである。基準に関しては、従来から指摘されている問題点もあり、それを見直す時期が来ているのかもしれない。
しかしながら、会計の考え方は法人の有り様や活動の仕方にも大きく関係してくるのではないだろうか。そこでここでは、こういった観点での検討を試みることとする。
2 非営利法人と営利法人、公益法人と非公益法人
企業は営利法人といわれる。営利を目的として組織された法人であるが故に営利法人とされ、これに対して、学校法人は非営利法人といわれる。そして、これに対する反論は、現在までのところはないといってもよいだろう。
また、学校法人は非営利法人であるとともに公益法人ともいわれる。では、企業は営利法人であるが故に、非公益法人であろうか。企業のなかにも公益性が強いものもあり弱いものもあるので、一概に企業が非公益法人ということはできない。
さらに、ここでお気づきかもしれないが、営利法人と非営利法人とを区分けするときの「是」と「非」は、あまり抵抗感がないが、公益法人と非公益法人を区分けするときの「是」と「非」には、抵抗感がないであろうか。ということは、ここでの区分けは、公益性が強いか公益性が弱いかで判断されるのであって、公益性が有るか無しかで判断されるのではないということを、私たちは理解しなければならない。
とすると、公益性がある教育事業を営利を目的とした法人が行うことも可能ではないだろうか。当然公益性があるが故に色々な制約を受けるであろうが、その制約を承知で、かつ、その制約を遵守するのであれば、営利法人だからといって公益性がある事業を行ってはならないということはないであろう。
例えが的確か否か些か自信がないとともにアフガニスタンの人々に申し訳ないが、テレビで見る限りアフガニスタンでは満足な靴を履いている人々が少ないことから、アフガニスタンで靴工場を建設して利益を獲得しようと計画する法人があったならば、この法人は営利法人である。しかし、アフガニスタンの人々に靴を供給することだけを目的として、すなわち、営利を目的としないでこの靴工場を建設するのであれば、この法人は非営利法人である。
更に、この例えの的確性も自信がないが、アフガニスタンの人々に安価にタバコを提供する、すなわち、営利を目的にしないでタバコ工場を建設するならば、この法人は営利を追求していないのであるから非営利法人であることは確かであるが、現在の世界の考え方からしては公益法人ではないであろう。
このような例えを挙げるまでもなく現存の法人は、営利・非営利・公益・非公益の組み合わせで、その組織が形成され活動されているのである。
3 営利・非営利・公益・非公益と会計
では、ここで視点を変えて会計に目を移してみたい。
営利法人の会計は、公益性が強かろうが弱かろうが営利を目的とするのであるから、この営利性に応えられるものでなければならない。
靴工場を建設し、そこで企業活動を行うのであれば、営業利益の算出と報告が求められる。そしてこの企業活動を営利という観点からみると、アフガニスタンに工場を建設するか否かも、その工場が靴工場なのかそれとも他の工場なのかも、いや更に、将来業績不調になったときにそこから撤収するか否かも企業の判断であり活動である。さらに、工場を建設したときの土地や建物の相場とその後の相場(土地や建物の価額の下落)も、企業の判断であり活動とされる。
こういった観点からすれば、日本で従来採られていた営業利益の算出ではその報告は不十分であろうし、時価(土地や建物さらに有価証券等)の重視も当然のこととされるであろう。
しかしながら、これが非営利事業であるならば、工場が建設される場所はアフガニスタンでなければならないし、その工場は靴工場でなければならず、また、当初考えた靴のアフガニスタンの人々への供給が終わるまでは撤退なども考えられない。
このような検討が「了」とされるのであれば、先ほど「是」とした学校教育への営利法人の算入には赤信号がともるかもしれない。学校教育に資本を投下した企業が、その後の環境の変化等により資本の引き上げがその営利性からして求められたときに、当該企業やその経営者はどう判断し行動するのであろうか。学校教育が持つ強い公益性は、企業が持つ営利性とはどの程度相容れるのであろうか。
少なくとも今までは社会は学校教育に強い公益性を認め、それ故に学校の設置には様々の制約を科してきたのであろう。そして、最近はこの制約も徐々に緩和されてきたが、この緩和の対象は本来なら制約しなくてもよかったものであったり、時代の変化によるものであり、強い公益性を弱めるための措置ではないであろう。したがって、今までとられてきた制約の中には如何に制約をはずしていってもどうしても取り払うことができない制約もあるものと思われる。その一つがこの撤退の自由性である。営利法人に学校教育への算入の自由性を認めても、学校教育からの撤退の自由性を認めることはできないのではないか。とすると、営利法人の活動原則からして学校教育への算入には強い疑点を感ぜざるを得ないのである。
学校教育に強い公益性があるが故にその経営に制約が付されるのであれば、その経営は営利性を持って行うのは難しく、したがって、経営母体は非営利法人とならざるを得ないのではないだろうか。
教育事業からの撤退に自由性が認められないことは、それが許可制であり準拠制であり、法人設立の際の寄付行為の厳格制に繋がっていく。よって、この寄付行為は目的が教育事業に限られ、さらに、経営途中での他の事業への転換は禁じられ、その処分にも制約が付されるのである。
4 学校法人と会計
このような背景を持って設立経営される学校法人が、日常の活動についてその関係者に報告するのは当然であるが、その保有財産を営利法人のようにそれも経営活動の一部であるからといって無条件に時価評価することを、会計が求める必要があるのであろうか、いや、求められるのであろうか。消費収支計算(損益計算)を優先する従来の会計思考すなわち消費収支計算(損益計算)の連結環が貸借対照表であるという会計思考に問題がありとするのであろうか。
学校法人は与えられた条件(財産)のもとに活動を行うのであって、この条件の変動(例えば、物価変動等による財産価額の下落等)をその活動の責任として認識するには戸惑いがある。そしてまた、学校財産の再評価には企業保有財産のような流動性(ここでの流動性は処分の自由性をいうのであって、処分の即時性をいうのではない)を持つ財産に比して難しいものがある。
学校法人と取引者との関係を見ていこう。
学校法人と金融機関。
取引者のなかで貸借対照表の利用者として最も重要な者は金融機関であろう。金融機関は、学校法人に融資をする際に貸借対照表を利用するのであろうが、貸借対照表の時価評価にどの程度の有用性を感じるのであろうか。担保物件は物件を特定した後に個別に時価評価するし、学校の物件の処分の難しいことは重々承知しているし、さらに、純資産額は大きい(この純資産額が大きいのが学校法人の特徴……公益性が強いが故に活動の当初から自己資本での財産保有が求められるので、企業の自己資本比率が高いとされるものと比しても、ずば抜けて良であるはずである。)し、融資判定の資料としては今の貸借対照表で十分ではないだろうか。
学校法人と日常取引する者。
学校法人の取引は信用を決済手段とすることが少なく、いや、信用(月末締めの翌月末払いなどの信用はここでの信用に入れていない)を重要な決済手段とする学校法人があったら、取引業者はそれだけでこの学校法人との取引を熟慮すべきであるといっても過言ではないかもしれない。
学校法人とその他の者。
金融機関の場合も取引業者の場合も、貸借対照表報告のほかに資金収支計算の報告や消費収支計算の報告が適正になされているとの前提で、貸借対照表の時価評価について検討したのであって、そういった意味からすると、これら二者以外の者にとってもこの貸借対照表問題は取り立てて問題ありとするには及ばないであろう。
このように、学校法人の会計と企業の会計とは、その土台が異なるが故にその思考も異なるものと考えるが、現行「基準」の不備は不備として修正していくべきであるし、修正点がいくつかあることも確かである。
また、といって、報告される貸借対照表が大きな含み損を持つとしたら、当該学校法人と取引するものにとって望ましいものではない。よって、そのような場合にはその取得原価を修正すべきであろうし、事実、基準は第27条に有価証券についてその定めをおいている。
さて、基準の修正項目であるが細かい点は別として、@基本金の定義や計上・表示の方法、A資金収支計算書の資金の概念や表示方法がある。ここらで腰を据えて見直す時期かもしれない。
ただ、最近の私大経営者の言にあるように基準の計算書類が自法人の経営指標にならないから、基準が問題だというのであれば現行基準でも自法人の経営指標になるように修正がさほど手を掛けなくてもできるので、是非そのようにして計算書類を利用してもらいたいものである。どの法人にも便利な基準はないのだから。このことは基準を改正しても同じであることを、私たちは承知して会計に取り組みたいものである。